XD教員インタビュー

日常そのものを音楽に変える

環境情報学部教授 岩竹徹

MITでコンピュータ音楽にのめりこんだ20代

小さな頃から音楽が好きで、趣味で作曲をしていました。大学は工学部に進んだけれど、やっぱり音楽がつくりたくてアメリカの音楽大学院に進んだんです。大学院で交響曲の作曲などをしているうち、オーケストラの楽器の音だけじゃ飽きたらなくなり、もっと音の可能性を追求してみたくなりました。そこで、コンピュータ音楽を研究するため、MIT(マサチューセッツ工科大学)に通うことにしました。その頃アメリカは1980年代、ヒッピーの時代。コンピュータは貴重なもので、コンピュータ音楽の研究ができるところは、世界に5ヶ所くらいしかありませんでしたね。コンピュータでは音をつくるだけでなく、人工知能などを組み込んでそれを音楽に取り入れることもできるし、音自体をデジタルの処理で変容させることもできます。のめりこんで研究と作曲を進め、コンピュータ音楽だけのコンサートを開くなどしていました。その時代では、かなり世界でも例をみないものだったと思います。

Iwatake lab
Iwatake lab

アンチテーゼとして生まれたSFCへ

SFC赴任の打診を受けたのは、30代のときでした。世田谷美術館1周年を記念して主催したコンピュータ音楽のコンサートがテレビや新聞に取り上げられて、それを見たSFCの初代学部長が声をかけてくださったんです。「慶應大学がメディアやアートを専門にする新しい学部をつくるんだけど来ないか?」と。1987年のことですから、まだSFCができる前です。

最初のSFCはおもしろかったですね。これまでの秀才を育てる教育ではなく、既存の大学のアンチテーゼのような存在として生まれた教育機関。日本の大学で初めて完璧なインターネット環境をつくり、AO入試で個性ある人をたくさん入学させるなど、新たな試みに満ちていました。日本の大学でコンピュータ音楽の科目が正式に組み込まれたのも、ここが最初だと思います。

アートや表現に関する音を追求する研究室

岩竹研究室ではサイバーサウンド・プロジェクトといって、アートや表現に関する音の研究をしています。いま力を入れているのは、公共のスペースで、空間をエンターテイニングする音の表現を探る研究です。例えば、手を動かしたり、興味のある方向に目を向けるだけで反応して音が鳴ったり光が瞬いたりする。そんな空間が空港にあって、飛行機の待ち時間が苦じゃなくなったら素敵だと思いませんか。サイバーサウンド・プロジェクトは音響を合成して新しい音をつくるなど他にもいろいろな研究を行なっていて、基本的には大学院生向けのプロジェクトなのですが、学部生で参加している人もいます。

一方、学部生向けの研究会では「和声」という和音の進行や配置を学ぶ音楽理論と古典的な作曲法をきっちり教えます。ピアノソナタを作曲してもらうこともありますね。確かに、斬新なコンピュータ音楽がやりたくて入ってきた人にとっては退屈に思えるものかもしれませんが、いまだに世の中で流れているほとんどの曲は和声を使っています。基本が身についていないと、逸脱することもできません。また、音楽が大きく変わっていくこの時代には、100年単位で音楽をとらえていく必要があると思っています。つまり、歴史を学ぶ必要があるということです。

Iwatake lab
Iwatake lab

音楽家と研究者の垣根を超える人材を

僕はこれから、既存の「音楽」というコンセプトが死に絶えていくんじゃないかと予想しています。これは他の芸術表現でもいえるのですが、アーティストと呼ばれる人だけが曲を作って、演奏して、それがコンサートやCDとして発表されるスタイルは過去の遺産になるんじゃないかな。西洋絵画や能などは現代にも受け継がれているけれど、メジャーなエンターテインメントじゃないのと同じように。

僕の研究室では、日常生活そのものを音楽にしようと考えています。もっとインタラクティブでモバイルな音楽を新しく生み出そうとしているんです。そのためには、クリエイティブもシステムもどっちもできる人を育てたいですね。デジタル信号処理も理解できて、プログラムも書けて、新しい表現を自分でつくり出せる人。世界ではこういうタイプの人材がいまどんどん出てきています。アメリカは特にその傾向が強くて、学問と芸術の間にも線引きなんてないんです。日本はまだ縦割りの意識が強くて、分野の壁を超えるのが難しいけれど、その壁を壊すのがSFCの存在意義なんですよ。初期の教え子たちも、卒業後いろいろな大学で日本のメディアアートを立ち上げる力になってくれました。そうやって垣根を超える人材をたくさん輩出していくことで、日本がおもしろい方向に変わっていくのだと思います。